弁護士
篠田 大地

親権者である父が母に対して子の引渡しを求めることが権利の濫用に該当するとされた事例【最決平成29年12月5日】

はじめに

 親権を有する親が、監護権を有しない他方の親に対して、子の引渡しを求めようとする場合、ひとつの方法として、親権に基づく妨害排除請求権として子の引渡しを求める方法があります。
 ただ、子の引渡しを求めようとしても、親権者変更の調停中であるなどの場合があり、このような場合でも、必ず子の引渡しが認められるのか否か問題となることがあります。
 この点に関し、最決平成29年12月5日を紹介いたします。

事案の概要

 本件は、離婚した父母のうちその長男の親権者と定められた父が、法律上監護権を有しない母を債務者とし、親権に基づく妨害排除請求権を被保全権利として、長男の引渡しを求める仮処分命令の申立てをした事案です。
 本件の経緯は以下のとおりです。
① 抗告人と母は、平成22年9月、長男をもうけ、婚姻の届出をした。
➁ 母は、平成25年2月、長男を連れて抗告人と別居し、それ以降、単独で長男の監護に当たっている。
③ 抗告人と母は、平成二八年三月、長男の親権者を抗告人と定めて協議離婚をした。
④ 母は、平成28年12月、東京家庭裁判所に対し、抗告人を相手方として、長男の親権者を母に変更することを求める調停の申立てをした。
⑤ 抗告人は、平成29年4月、母を債務者として、子の引き渡しを求める本件申立てをした。

判旨

「離婚した父母のうち子の親権者と定められた一方は、民事訴訟の手続により、法律上監護権を有しない他方に対して親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めることができると解される(最高裁昭和三二年(オ)第一一六六号同三五年三月一五日第三小法廷判決・民集一四巻三号四三〇頁、最高裁昭和四五年(オ)第一三四号同年五月二二日第二小法廷判決・判例時報五九九号二九頁)。
 もっとも、親権を行う者は子の利益のために子の監護を行う権利を有する(民法八二〇条)から、子の利益を害する親権の行使は、権利の濫用として許されない。
 本件においては、長男が七歳であり、母は、抗告人と別居してから四年以上、単独で長男の監護に当たってきたものであって、母による上記監護が長男の利益の観点から相当なものではないことの疎明はない。そして、母は、抗告人を相手方として長男の親権者の変更を求める調停を申し立てているのであって、長男において、仮に抗告人に対し引き渡された後、その親権者を母に変更されて、母に対し引き渡されることになれば、短期間で養育環境を変えられ、その利益を著しく害されることになりかねない。他方、抗告人は、母を相手方とし、子の監護に関する処分として長男の引渡しを求める申立てをすることができるものと解され、上記申立てに係る手続においては、子の福祉に対する配慮が図られているところ(家事事件手続法六五条等)、抗告人が、子の監護に関する処分としてではなく、親権に基づく妨害排除請求として長男の引渡しを求める合理的な理由を有することはうかがわれない。
 そうすると、上記の事情の下においては、抗告人が母に対して親権に基づく妨害排除請求として長男の引渡しを求めることは、権利の濫用に当たるというべきである。」

コメント

 上記決定でも述べられていますが、親権者が子の引渡しを求めようという場合、以下の2つの方法があると考えられます。
 ①親権に親権に基づく妨害排除請求権として子の引渡請求訴訟(仮処分)
 ➁子の監護に関する処分としての子の引渡しを求める申立

 上記①の方は民事訴訟の手続により行われ、➁の方法は家事事件手続法に基づき行うことになります。
 上記決定では、①の方法について、一定の場合に権利の濫用になることを明らかにしました。
 具体的に述べられている事情は、以下のような事情です。
 ①長男が七歳であり、母は、抗告人と別居してから四年以上、単独で長男の監護に当たってきたものであって、母による上記監護が長男の利益の観点から相当なものではないことの疎明はない。
 ➁母は、抗告人を相手方として長男の親権者の変更を求める調停を申し立てている。
 以上からすれば、監護権を有しない側の監護に特段の問題がなく、親権者の変更を求める調停を申し立てているような事情がある場合には、親権に基づく妨害排除請求として長男の引渡しを求めることは、権利の濫用に当たる可能性が高いということができます。
 したがって、このような場合には、実務上は、子の監護に関する処分としての子の引渡しを求める申立を行う必要があることになります。

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