弁護士
本橋 美智子

未成年者誘拐罪と親権

 刑法224条の未成年者略取及び誘拐罪

 刑法224条は、「未成年者を略取し、又は誘拐した者は、3月以上7年以下の懲役に処する。」と定めています。
 この法定刑は、平成17年7月の刑法改正によって、それまでの法定刑「3月以上5年以下の懲役」から「3月以上7年以下の懲役」に引き上げられたものです。
 「略取」とは、「暴行・脅迫を手段として、他人をその生活環境から不法に離脱させ、自己又は第三者の事実上の支配下におくこと」といい、「誘拐」とは、「欺罔・誘惑を手段として同様のことを行うこと」をいいます。
 なお、子供をただ連れ去る行為も略取に当たると解されている。

 未成年者略取及び誘拐罪(ここでは併せて「未成年者誘拐罪」といいます)の保護法益

 未成年者誘拐罪は、どのようの利益を保護するためのものであるかについては、意見が分かれています。
 主に、➀ 被拐取者の自由であるとする説 ②被拐取者に対する監護権、親権とする説 ③原則として被拐取者の自由であるが、監護権が侵された場合も本罪は成立するとの説があります。
 被拐取者が乳幼児の場合には、乳幼児の自由という概念を定立することが難しいこと等からこのような説の対立が出ています。
 しかし、どの説であっても、被拐取者が乳幼児の場合でも、未成年者誘拐罪が成立することについては争いがありません。

 親権者による未成年者誘拐罪の成立

 未成年者誘拐罪は、その主体を限定してはいませんので、未成年者の親権者、監護権者も行為主体となり得ます。
 問題は、どのような要件がある場合に、親権者による未成年者誘拐罪が成立するかということです。
 この点については、最高裁平成17年12月6日決定(平成17年最決)が、最も重要な判例です。
 これは、母が監護していた2歳の男児を、別居中の父(親権者)が保育園から帰宅するところを、抱きかかえて車に乗せ、連れ去った事案です。
 この事案について、最高裁は、被告人の上告を棄却し、未成年者誘拐罪の成立を認めています。
 そして、被告人が男児の親権者であることが違法性を阻却する事情となるかについて、①被告人が男児を奪取する行動に出ることについて、男児の監護養育上それが現に必要とされる特段の事情がないこと ②被告人の行為態様が粗暴で強引であること ③男児が自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること ④男児の年齢上、常時監護養育が必要とされるに、略取後の監護養育について確たる見通しがあったとはいえないこと から違法性が阻却されないと判示したのです。
 この判例はあくまで事例判断ではありますが、親権者による未成年者誘拐罪の違法性が阻却される考慮事情としては極めて重要です。

 父又は母による未成年者誘拐罪の成立

 このように、刑法は、未成年誘拐罪の主体を制限していないので、たとえ親権者であっても、他の親権者が監護養育している子をその生活環境から引き離して自己の事実的支配下におけば、未成年者誘拐罪の構成要件に該当します。そして、平成17年最決が判示したような事情がある場合には違法性が阻却されることになります。
 これは行為者が、親権者である父であっても母であっても同様であることに注意すべきです。

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